コロナ禍の七五三
コロナ禍のなかで、少しずつ日常を取り戻そうとする生活が動き出し、
家族でのお祝いに、七五三レンタルのご注文も入り始めてきました。
こんな今だからこそ、七五三が、ますます意味ある伝統行事であるような気がします.
七五三は、いにしえより厄除けの儀式とも言われています。
昔はコロナのような疫病が流行ったりする事はもちろん
ちょっとした病で乳幼児が命を落とす事が多く
幼い子供たちが、元気に生きて成長する事が大変な時代でした。
なので、人生の節目節目に、神社に参拝し
これまでの成長に感謝をし、これからの幸せを祈願する行事としたことが
七五三の始まりとされています。
■七五三 3歳5歳7歳
七五三は、3歳の男の子と女の子、5歳は男の子、7歳は女の子とされています。
なぜ、357なのかといえば、
陰陽道、中国の五行思想などが起源とされていますが
古来より日本では、奇数を陽の数、偶数を陰の数といい
「奇数は縁起のいい数字」としてきました。
また、言い方は地方によって色々あるようですが
「7歳までは神のうち」という言葉が伝承されています。
生まれて7歳までは、子供は神様からお預かりした、穢(けが)れない存在であり
神様に近い存在という意味でもあります。
それは、言い換えれば、それ程、はかない存在であったという事でもあります。
ですので、7歳までの縁起のいい奇数の歳に
神社にお参りして成長に感謝し、今後の長寿、幸福を祈願するという儀式が、時代によって変遷しながら現在の七五三となったといわれています。
七五三の由来となったとされる平安時代からの行事には、次のものがあります。
- 3歳男女児は「髪置の儀」
平安時代までは男女児とも、3歳までは髪の毛を剃っていました。
頭髪から病気が入ってくると考えられていたとか、
剃り落とした後には健康な髪の毛が生えてくると
信じられていたようです。
男の子も女の子も3歳になってから、髪の毛を伸ばし始めた事が
「髪置の儀」の由来のようです。
地方によって違いもあるかと思いますが、3歳の七五三は、女の子が主となっています。
ただお祝いのスタイルも様々な現在は、ご兄弟と一緒にとか
可愛い3歳の袴姿を見たいという親御さんのお気持ちなどもあり
3歳の男の子の七五三も一般的な光景になっています。
- 5歳男の子は「袴着の儀」
5歳は男の子のお祝いである「袴着」です。
それまでは、男女とも着流しの着物を着ていますが、5歳になって初めて男の子は
袴をつけます。そして、5歳のお祝いをするとともに、これまでの成長に感謝し、今後の健康を祈願し、そして少年の仲間入りをするのです。
また、平安時代の貴族からの流れを受け「碁盤の上に乗り、恵方に向かって袴を着る」とか
勝負において四方の敵を制する事ができますようにと願いを込め「冠をつけて碁盤の四方の神を拝む」などする事もあります。
碁盤の目のように、「筋目正しく、美しく育つように」「運を自分で切り開く」
との願いを込めているとされます。
昨年の七五三詣の時期にも、東京赤坂の日吉神社にもいくつか大碁盤が置かれていて
可愛い子供たちが、碁盤の上から地面に元気よく飛び降りる光景が
見られました。
- 7歳女の子は「帯解の儀」
女の子の袴着の儀にあたるものが「帯解の儀」です。
7歳までの女の子は、胴の部分に紐が縫い付けてある着物を着ていたとされます。
7歳になると、着物も四つ身(よつみ)裁ちという大人の着物とほぼ同じ仕立ての着物に
大人と同じように帯を結びます。
これにより、大人の仲間入りをするのだという意識を子供も持つようになるのです。
昔は、7歳になって氏神さま(自身の住む地域の神社の神様)に参拝し
その時初めて人として認められ、氏子となり、地域社会の一員となったとの事。
無事に7歳の参拝ができる事は、親にとって、何よりの喜びであったと思います。
「三つ子の魂百まで」とか「七歳までは神のうち」など
数にこだわる言い伝えがあるように
人生の通過儀礼として、七五三はとても大切な年齢であったといえます。
また、この通過儀礼は生後のお宮参りから始まりますが
日本の伝統行事は、すべて着物と共にありました。
とはいえ、新しい時代のなか、七五三のスタイルも様々変化しています。
家族のあり方も色々となっています。
伝統の意味を理解しながら、新しい生活様式にあった七五三となっていくと思います。